カオス*ラウンジ『破滅*アフター』
2018年6月19日 – 8:17 PM

 

今から8年前、ぼくたちは『破滅*ラウンジ』という展覧会を開催した。

2000年代に入って、インターネットが普及し、ぼくたちのコミュニケーションのインフラになりはじめていた。90年代まではどこか絵空事だった「情報化社会」という言葉が、本当の現実に変わっていった。

ターニングポイントだったのは2005年から2008年にかけて。YouTubeがはじまり、ニコニコ動画がプレオープンし、Ustreamがはじまり、pixivがはじまり、Facebookがはじまった。SNSが、ぼくたちのコミュニケーション環境だけでなく、創作環境すらも支えるようになっていった。

SNSに代表されるような、ぼくたちのコミュニケーションや創作にインフラレベルで決定的な影響を与えるウェブ・プラットフォーム(=アーキテクチャ)。ここに注目することなしに、これからの現代美術は語れないのではないか。カオス*ラウンジは、そんな危機感でも興奮でもあるような直感から生まれた。

だとすれば、アーキテクチャの上に乗っかっているコンテンツだけでなく、アーキテクチャ自体をなんとかして射程にいれなければならない。そう思って、当時のエンジニアたち(彼らは実際に、新興のITベンチャーに勤め、ぼくたちのネット環境を構築していた)を招き入れ、彼らのつくるアプリケーションと、彼らの生活自体を「展示」したのだ。

ぼくたちはエンジニアたちを2ヶ月にわたってギャラリー空間に閉じ込め、そこで共同生活をしつつ、「プログラミング合宿」をしてもらった成果を、展覧会として見せることにした。

結果は、とても興味深いものだった。
当時の若いエンジニアたちは、個人をエンパワーメントし、ヴァーチャルな共同体を作ることのできるインターネットに対して、いささかアナーキックで、ユートピア的なヴィジョンを持っていた。それは、カリフォルニアン・イデオロギーの現代日本バージョンのようにも見えた。

しかし、そんな理想と技術を持ったエンジニアたちが作り上げたのは、クリエイティブで自由な空間でありながら、同時に「ゴミ溜め」のような、あと一歩行で秩序を完全に失ってしまうような、そんな空間だった。それは蠱惑的で、退廃的で、アンダーグラウンドの魅力を煮詰めたようなものでありながら、この共同体は決して自律することのない、この先には決して「インターネットの未来」は訪れないだろうと思わせるものだった。

『破滅*ラウンジ』は、アーキテクチャがぼくたちのインフラを掌握したその段階で、インターネットの夢と破滅を、その臨界点において同時に見せていた。

 

それから8年たった。
今のインターネットは、当時とはずいぶん違ったものになった。少なくも、ぼくにはそう見える。

まず、ITエンジニアという職業は、社会的にとても立派なものになった。多くの人に求められ、お金にもなる。もちろんそれは良いことだ。テクノロジーによって、人間はうまくいく、社会はうまくいく。ITベンチャーが語る未来は、生の輝きに満ちている。

しかし一方で、破滅*ラウンジが明らかにしたような、インターネットの理想の裏側に常にはりついている混沌の世界は、影を潜めてしまったように見える。インターネットは、必ずしも社会に役に立つとは限らないし、お金になるとは限らないし、ただ遊ぶために、おもしろいことだけのために、しかしそれをしなければいられないような動機のために、存在してもいい。

ぼくは、そんな時代錯誤な考えを諦めきれずに、今回、歳下の若いエンジニアたちに声をかけた。ちょうどぼくたちが『破滅*ラウンジ』をやっていたくらいの歳の、若くて優秀なエンジニアたち。

彼らは、生の輝きに満ちた今のITに、少なからず疑問を持っていた。ぼくはまず『破滅*ラウンジ』でやったことを説明し、もう一度、同じことをやってみたい、と話した。彼らは、乗ってくれた。

もはや「ブレーメンの音楽隊」の動物たちのように、不要になり、ブレーメンというユートピアを夢見ている「インターネット老人会」のぼくたちと、まさにこれからITの未来を担っていくだろう若いエンジニアたちのコラボレーション。

もちろん、8年前と、あらゆることが違っている。決して『破滅*ラウンジ』の再来にはならないだろう。

2010年と2018年の差異のなかで、ぼくたちがインターネットやテクノロジーに何を求めているか、そして何を求めていないかが浮かび上がってくることだろう。もしかしたらそのなかで、かつての混沌が、一瞬、姿を変えてよぎるかもしれない。

これは実験だ。やってみなければわからない。
破滅のあとの、また別の実験として。

 


 

【破滅*アフター ノート】

主人もちのろばがありました。もうなが年、こんきよく、おもたい袋をせなかにのせて、粉ひき所へかよっていました。

さて、年をとって、だんだんからだがいうことをきかなくなり、さすがにこのうえ追いつかうのがむりだとわかると、主人は、ここらでろばのかいぶちをやめたものか、と考えだしました。

ところで、ろばは、さっそくに、こりゃ、ろくなことではないとさとって、逃げだして、ブレーメンの町をめあてに、とことこ出かけました。そこへ行ったら、町の楽隊にやとってもらえようという胸算用でした。

グリム兄弟「ブレーメンの音楽隊」楠山正雄訳

1 前提

カオス*ラウンジは、2010年に『破滅*ラウンジ』展を開催し、若いITエンジニアたちとコラボレーションした。『破滅*ラウンジ』は、2010年当時の、情報社会の理想と混沌を体現した。
本展では、『破滅*ラウンジ』から8年経った現在、もう一度、若いITエンジニアたちとコラボレーションした展示を試みた。したがって、本展の文脈は2重化している。

ひとつは、2018年現在における、現代美術アーティストとITエンジニアたちのコラボレーション展であり、広義の「メディア・アート」である。
もうひとつは、2010年の『破滅*ラウンジ』の続編としての本展であり、この8年間に、われわれにとって情報社会のヴィジョンはどのように変わったのか、現代美術の立場から定点観測的に見るものである。

 

2 プロセス

まず、若いITエンジニアたち20名ほどに『破滅*ラウンジ』の内容をプレゼンテーションし、コラボレーションを持ちかけた。結果、「モバイルハウス」を制作している「sampo」(元VRエンジニアがリーダーの建築系ベンチャー)と、ARエンジニア集団である「AltLayer」が参加することになった。

sampoは、軽トラの荷台に乗せられる「家」であるモバイルハウス構想によって、都市と住環境の関係性をハックしようとするベンチャーである。本展においてsampoは、モバイルハウスの素体をギャラリー内に持ち込んでその中に住み、会期中、六本木の街を徘徊して手に入れた素材を使って「家」を作っていく構想だった。
sampoとのコラボレーションによって、都市という主題が前景化した。現実の都市を、新しい「家」の概念によってサバイブし、書き換えようとするsampoに対し、カオス*ラウンジは都市の「虚構化」を担当することにした。都市のゲーム化や、都市にキャラクターのレイヤーを見出すことで、都市のヴァーチャルなポテンシャルに焦点を当てた。

 

3 アクシデント

展示プランは、sampoのモバイルハウス構想を中央に配置し、AltLayerのARとカオス*ラウンジがそれを取り囲むようにして進んだ。

しかし、設営に入ってsampoのモバイルハウス構想が頓挫し、彼らから出展を辞退する旨を伝えられた。理由は、カオス*ラウンジの提示する都市の虚構化のイメージとの齟齬であり、この展示環境のなかでsampoのビジョンを示すことは難しい、と判断したためだった。オープン前日に、中央のモバイルハウスの素体は解体され、完全撤去され、空白が残された。「現実/虚構」の対比で進行してたプランが、「生/死」の対比にシフトした。

 

4 メタファー

しかしそもそも、「生/死」のモチーフは存在していた。カオス*ラウンジの立場は、グリム兄弟の『ブレーメンの音楽隊』の動物たちになぞらえられている。ブレーメンの音楽隊は、歳をとったもの、役に立たなくなったもの、価値の無くなったものたちが、その世界から逃げ出して、音楽隊(芸術家)になろうとする物語だ。しかし、動物たちはブレーメンにたどり着かない。道中の森で盗賊たちの家を略奪し、そこに住んでしまう。

動物たちは、すでに死んでいると考えることもできる。森のなかの盗賊たちが、動物たちを幽霊だと勘違いして逃げ出すシーンはあまりに有名だが、社会的な役割を全く持たなくなった動物たちはすでに死者となっており、その亡霊が現れたのだと考えれば腑に落ちる。

ブレーメンというユートピアは存在しない。現実とユートピアの対比ではなく、現実(農場、盗賊の家)と虚構(動物たちの幽霊=いらなくなったもの)の重なり。そこにこそ、物語がある。

8年前の『破滅*ラウンジ』の亡霊を呼び出すこと。都市をゲームのようにプレイし、何度も何度も死に、リプレイを繰り返すこと。都市のなかにキャラクターを探すこと。それらはブレーメンの音楽隊の動物たちのように、幽霊となって徘徊している。

家に住む盗賊たちは、幽霊に覗き込まれ、驚いて逃げてしまった。

 


 

【展覧会概要】

展覧会名:カオス*ラウンジ 破滅*アフター
会期:2018年6月29日(金)-7月16日(月) ※会期中無休
開廊時間:12:00-20:00
キュレーション・演出:黒瀬陽平、藤城嘘
参加作家:梅沢和木、海野林太郎、ク渦群、こまんべ、杉本憲相、都築拓磨、名もなき実昌、藤城嘘、山内祥太、AltLayer、cottolink+小林太陽
協力:sampo

会場:六本木ヒルズA/Dギャラリー(六本木ヒルズ ウェストウォーク3階)
https://art-view.roppongihills.com/jp/info/index.html